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■ 東福寺城の跡 ■

 東郷墓地付近から鳥越トンネルの上までの丘一帯が、東福寺城の跡といわれています。
 海側は絶壁で、他方のJR沿線側も急な斜面になっているため、山全体が天然の山城となっています。この城は、藤原純友から、四代目にあたる長谷場永純が、天喜元年(1053)に築いたものです。
 また、長谷場氏は、その頃の船着場の辺りに春日神社を建立したといわれ、三州(日向、大隈、薩摩)としては初めての城とされています。
南北朝時代(1336〜1392)には、この城をめぐって激しい戦いが行われました。この頃、鹿児島を本拠にしていた長谷場、矢上、中村、上山、谷山の各氏は南朝軍に加わり、出水の山門院から鹿児島入りした島津氏は北朝軍に属していました。両者は激戦を続けましたが、1343年、五代島津貞久は東福寺城を勝ちとり鹿児島をおさめる根拠地としました。
 さらに勢力をのばした島津氏は、8代島津元久の時代に清水城に移りました。
このようにして形成された守護町(上町地区)が鹿児島発達のもとになりました。

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■歴史人物■
東郷 平八郎

 

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